重度の認知症の母は、この4月から特養に入れてもらった。だが、またも救急搬送。
お尻に褥瘡が出来てこのところベッドに寝ていることが多いが、体調はそう悪くはなかったから意外だった。
《本文》
「どんな様子ですか?」
「反応は鈍いですね。声が出ていない。表情もぼんやりしていますね。」
「脳のCTを前回と比較してみましたが特段の異状は見られません。萎縮は見られますが、年齢相応と考えられます。……電解質の異状や脳の腫瘍などでもけいれん発作はあるのですが、DLB(レビー小体型認知症)ではそういう異状とは無関係にこういう発作が見られることがあります。脳のCTにも血液像にも目立った所見はないので、DLBによるものと見ていいだろうと思います。」
「水分はどうですか? 足りてますか?」
「大丈夫です。足りてます。」
「すると、前回の、昨年1月の転倒と同様、今回の場合もパーキンソン症状が発作的に出現したと考えて間違いないだろうということですね。」
「それでいいと思います。」
「すると落ち着けば今日はもう施設に帰っても問題ないと……」
「そういうことです。……ただもう少しは様子を見た方がいいでしょう」
「あとどれくらい様子を見ればよろしいのでしょうか?」
「一時間くらいですね。」
「分かりました。では廊下の方で待たせてもらいます。……血液検査の結果のコピーをいただけますか?」
「あとで差し上げます。」
「ありがとうございます。」
朝、電車で職場に向かっているとき携帯電話が鳴った。母が入所している特養ホームからだった。
乗換駅から電話を入れると、「いま救急車が来ています。」と突然言われた。
「様子が分からないので誰か分かる方と代わってくれますか?」
フロアの担当者が出た。
「朝7時ころ、大声で叫ばれて、見てみるとベッドでけいれんを起こしておられました。」
「意識はありますか?」
「あります。……こんなことは今までにありましたか?」
「以前に申し上げましたが、昨年1月に家で転倒したのが、おそらくはパーキンソンの発作だったと思っています。今日のもそれじゃないでしょうか」
「わかりました。」
「搬送先の病院が決まったら連絡ください。その病院に直接向かうことにします。いま横浜なんで少し時間がかかりますが。」
「分かりました。」
「よろしくお願いします。」
連れ合いにメールした。
「○○子さん、今朝けいれん発作で救急搬送。病院が決まり次第また連絡が来る予定。連絡があればその病院へ向かうつもり。おじいちゃんに電話しておいてくれますか?」
電車を乗り継いで職場に向かった。どうしても連絡しておきたいことがあった。母はおそらくはパーキンソンの発作だ。だとすれば命に関わることではない。施設の人は動転していたから、激しい発作だったのだろう。でもベッドの上なら怪我はないはず。もし歩いているときだったら倒れた拍子に頭を強打して致命傷になることもある。だが今の母は幸か不幸か歩けないどころか、自力で立つことも不可能だ。
また救急搬送された。母にとっては三度目の救急車だ。
あちこちに断られて、結局搬送先に決まったのは二度目のときのK中央病院だった。ラッキーだった。なにせ前回のデータがある。今の状態がどの程度危険なのか正確に分かるはずだ。
事実、救急外来の若い女医は冒頭で紹介したように前回の結果と比較して「大きな問題なし」と判断していた。
母の入所施設に経過を報告し迎えを依頼すると1時間ほどで来たので、病院に来ていた夫(私の父)とともに施設の車で戻って行った。支払いを済ませたり、血液検査の結果をもらったりしてからタクシーで施設に向かった。
母は施設の自分のベッドで横になっていた。病院のストレッチャーではもぞもぞと落ち着きなさそうにしていたのだが、こちらでは静かに眠っている。脇にいる父親はベッドの柵に頭を載せて疲れた様子だ。何せ酸素ボンベを引きずってのヨタヨタ歩きなのだから仕方あるまい。私も朝からハイテンションを強いられて少し疲れた。
だがまずは一安心。
今日休んでしまった後始末で今週は忙しくなる。
とにかく実家に戻って昼飯にしよう。母は施設で食わせてもらえるが、父には何か食わせねばなるまい。
とにかく実家に戻って昼飯にしよう。母は施設で食わせてもらえるが、父には何か食わせねばなるまい。